ホールの社長になった!

ホールの社長になった!

ホール企業の大小を問わず、一般社員から社長になれるケースは、パチンコ業界ではレアケースである。

5年前に初めて名刺交換した時の肩書は営業課長だった。3年前に会った時は部長に昇進していた。そして、先日会ったときは代表取締役になっていた。

ホールオーナーは別にいる。サラリーマン社長とはいえ、頑張ればホール企業のトップになれる、という夢のある話だ。

現在、店舗は大阪市内に1店舗しかない。しかし、総台数800台の大型店舗の上はスーパー銭湯という複合形態で、ホールともども高稼働を誇っている。出店意欲もあり、案件を探している。

営業課長(実質店長)時代から財務から金融機関との折衝まで任され、社長業の修業は積んできた。

社長に就任したのは昨年の4月からだった。この時を境にものの見方、考え方が変わった。

「それまでは自分の店のことだけを考えていましたが、業界全体のことを考えるようになりました。業界がよくならなければ、自分の店もよくなりません」

社長に就任する3週間前に東日本大震災が発生した。その後、石原都知事のパチンコ批判をきっかけにパチンコバッシングが巻き起こった。東京都の荒川区議は日本からパチンコをなくすための決起集会まで開き、ボルテージを上げた。

「私自身、阪神大震災の時は西宮で被災しました。東北の出身なので今回の大震災では馴染のある町が流されてしまいました。地震の後の業界バッシングは本当に堪えました。このままではサラ金業界のように潰される危機感を持ちました」

批判にさらされたパチンコ業界は義捐金活動も活発に行ったが、懐疑的だ。

「所詮はお客様からのおカネだといわれるのが落ちなので、うちは、社員からのみカネを集めて被災地に送りました。金額にすれば数10万円です。それよりも現地へ行ってボランティア活動すべきだと思いました」

思い立つと行動も早かった。5月に社長自ら先発隊として南三陸町に入った。その後全社員28人が数班に分かれて南三陸町に入り、ボランティア活動に汗を流した。

震災をきっかけに業界全体のことを考えるようになったが、もう一つの出会いが考え方を一変させた。それはある勉強会に参加するようになって「利他の心」を持つことを学ぶようになったからだ。

他人の利益を重視して、他人が利益を得られるように振る舞うことで、自分のためではなく、誰かのために生きる、という考え方である。

「利他の心が一番欠けているのがパチンコ業界だと思います。業界は厳しい、厳しいといわれていますが、外から業界を見るとそれほど厳しいとは思いません。まだまだ業界は甘えています」と手厳しい。

社長になるべくしてなった、という器を感じさせる。

業界の経営者が利他の心を持てば、必ず業界は変わることができる。

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