頑張る女性店長

パチンコ業界では女性店長の数は少ない。その内の1人を紹介しよう。

パチンコ店で働くきっかけは専門学校生時代だった。当時、マクドナルドの時給が600円に対して、募集していたパチンコ店は1000円だった。その時給に釣られて友達と2人で応募した。

友達は腰を痛め、すぐに辞めてしまうが「体が丈夫だったので続けられた」と本人は笑う。

アルバイトで入ったパチンコ業界は、15年ほど前。当時は客の柄も悪いが、それにも増して店員の態度も横柄だった。ギャンブル好きの社員も多く、パチンコ業界には、あまりいいイメージは持てなかった。

アルバイト先の店舗は設備も古く、よく補給が詰まった。客は20~30人しかいないような店だった。若い女の子ということで同僚や客からもかわいがられた。人生の吹き溜まりのような職場環境だった。内縁関係で夫婦者の60過ぎの主任は、流れ流れてこのホールにたどり着いた。その主任からは人生を教えられた。

1年半勤めたところでホールが倒産した。

専門学校の卒業を半年後に控え、次に面接に行ったのが今のホールだった。アルバイトでも18万円。給料も悪くない。

専門学校では情報処理と簿記を勉強していたが、就職は真剣に考えてはいなかった。
そんな折に「正社員にならないか」と声をかけられた。迷うことはなかった。

4年目でカウンター班長に昇進した。

ある日、店の親睦会が開かれた。その席で酒も入った勢いで専務に「パチンコ業界の会社では、女性は出世できないのですか?」と詰め寄った。

専務はこの申し出を真剣に考えてくれた。

その答えが5年後に出る。

新店を「女性店長と女性スタッフだけで運営する」と専務は大英断を下す。

店長や女性スタッフには機械や客とのトラブルの対応経験がなかった。これはぶっつけ本番だったが、陰から他店のベテラン社員がサポートする体制を敷いていた。

予想通りというか、女性スタッフばかりの店なので酔っ払いやチンピラの餌食になった。

ある時「店長を出せ」と凄まれたことがあった。

「私が店長です」と出ると「この店は客をバカにしているのか!小娘ばっかりで」と客は怒りをヒートアップさせた。

ここでひるんで逃げると「アルバイトの女の子がついてこない」と思い度胸をすえ、一歩も引かなかった。
殴るなら殴れという気迫と毅然とした態度で相手と対峙した。

やがて相手が根負けした。

女性スタッフばかりなのでゴト師にも狙われた。大きな被害こそなかったが、数え切れないぐらい狙われた。ゴト師を発見した時、女性店長は追っかけて捕まえたこともあった。

男性のほうが仕事はテキパキと早いが「笑顔と心配りで女性らしい気遣いのあるサービス」を心がけた。ドル箱は客が押しボタンを押す前に運んだ。

それでいて、態度の悪い客には声をかけ注意した。

「常連さんに気持ち良く遊んでもらうため」と雰囲気づくりには身をていした。

ホールの雰囲気がよくなると、女性客も増えた。昼間の女性客は6:4と圧倒的に多かった。

店長は5年前から釘も叩いている。

1日の営業が終わると釘調整のほか、スタッフからの恋愛相談も受けなければならなかった。月5回ぐらいは閉店後に食事会も開いた。もちろん、店長の自腹で。

そんな女性店長に女性スタッフもついてきた。

営業ミーティングでは「イベントで私たちが水着になります」とアイデアが出たが、それはさすがに却下した。

このホールには視力障害の若い男性客が来るようになった。目が見えないため、スタッフが各台のデータを教え、台を選んだ。最初の玉の打ち出しにはスタッフがハンドルに手を添え、スタートに入りやすい位置に固定した。大当たりを聴覚で楽しんだ。

トイレは2階にあった。スタッフが手を引いて案内し、外で待っていた。

女性店長が創り出した女性らしい細やかな気配りができる雰囲気があるから、目の見えないお客さんもこの店のファンになったのではないだろうか。

29店舗中、稼働率では最高が3位。

「いつかトップを取りたい。稼働を上げるにはもっともっといい接客をしたい。女性の管理者を3人は育てたい」と意欲を燃やす。

「産休がもらえれば一生この会社で働く」とキッパリ。

この辺が一番問題になるが、社内に託児施設があれば、女性はもっと働きやすくなる。

パチンコ業界はもっともっと女性の潜在能力を引き出すことで、業界のイメージはだいぶ変わるはずだ。この女性店長のような分身がどんどん増えることを期待する。

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